消費増税でなぜ牛丼の価格戦略は割れたのか
こんにちは!
営業マン養成コーチです。
また牛丼の話になってしまいます。牛丼の価格戦略ってよくマーケティング上の話題になりますね!
デフレの時代にはとにかくどこが一番最安値の牛丼を提供できるか、ということが競争のキモになっていましたが、この冬に登場した「牛すき鍋膳」、そして今回の消費税増税をめぐって各社の戦略が違う方向を見せ始めました。吉野家は価格をあげ、すき屋は価格を下げるそうで、商品と顧客に対する考え方、企業ポリシーがくっきりと浮き出ましたね。
しかし、すき屋のように低価格路線で突っ走るということがどれだけ従業員に負担をかけるのか、ゼンショーさんは真剣に考えたほうがいいと思いますね。その結果、アルバイト採用もしづらくなり、店のサービスレベルが落ちていく。少なくとも僕が利用している近所のすき屋はそんな感じになっています。すき屋、そして吉野家の業績が今後どうなっていくのか。注目していきたいと思います。
(以下、記事内容です。私の尊敬する伊藤元重先生のコラムです。)
4月1日からの消費税の引き上げをきっかけに、牛丼業界で面白い動きが出ている。
これまで280円で価格が横並びになっていた牛丼で、価格戦略に違いが見えてきたからだ。吉野家は300円に価格を引き上げ、すき家は270円に下げるという戦略に出た。
日本ではマスコミでこの価格戦略の違いが話題になっているようだが、出張先の米国のホテルで読んだ当地の新聞でも、牛丼価格の記事があった。米国のメディアでも話題となるだけの注目を集めているということだろう。
今回のケースを取材している新聞記者から聞いた話では、吉野家は白ワインやタマネギの量を増やし、味を大幅にアップしたことをアピールしているという。この新聞記者は、「これまで食べた中では一番おいしい牛丼だった」という感想をメールで日本から送ってくれた。
おいしいかどうかは主観もあるだろうが、味と価格のトレードオフが話題になっていることは興味深い。牛丼と言えば、これまでは横並びの価格引き下げ競争というイメージが強かったが、今回の消費税率引き上げをきっかけに吉野家は価格だけではない戦略をとろうとしている。
結果として、吉野家の戦略が功を奏するかどうかは、今後の展開を見なくてはいけないが、企業の商品戦略や価格戦略を考えるために、今回の牛丼の価格の動きは興味深い事例を提供してくれている。
価格戦略や商品戦略を根本から見直すチャンス
だいぶ前のことであるが、吉野家社長の 安部修仁氏との会話をベースにして『吉野家の経済学』(日本経済新聞社)という本を出版した。その本の中で安部氏が強調していたことで強く印象に残っているのは、牛丼の価格引き下げを断行することで、供給体制の強化を実現できたということだ。
牛丼の価格を下げれば、それだけコストを下げる必要性が出てくる。客の数が大幅に増えれば、それへの供給の対応も必要だ。それを実現するため、商品の調達から配送まで、そして店内のレイアウトから作業工程まで、すべてを徹底的に見直したという。それによって実現した効率性の向上は、価格の引き下げによる単価下落のデメリットを補ってあまりあるものであったそうだ。
経営学的には、この論点は非常に重要であると思う。価格引き下げが単なる販売拡大の手法というだけでなく、企業内の組織や作業を徹底的に改革するショック療法として有効であるからだ。
ただ、今のマクロ経済環境の中では、そうした価格引き下げだけでは限界があることは明らかだ。乾いた雑巾をさらに絞るような改革にも限界がある。デフレからの脱却による一般的な価格上昇の傾向、雇用環境の改善による人件費の上昇、円安による食材の輸入コストの増加、消費税引き上げなど、企業がおかれた環境はデフレが進行していた過去15年ほどの時期とは大きく変化している。
牛丼の価格戦略でも、そうしたマクロ経済環境に真剣に向き合う必要がある。コストをカバーするためにも、価格引き上げは必要であり、その価格引き上げを受け入れてもらえるための品質の向上ということが、牛丼だけでなく、多くの消費税の企業にとって大きな課題となっている。
消費税の引き上げは多くの消費財企業にとって逆風の動きではあるが、価格戦略や商品戦略を根本から見直す絶好のチャンスでもある。消費者も価格は上がるものだという認識を持ちやすくなり、その流れをどうとらえるのかが企業にとって重要なものとなっている。
誰も勝者になれない安売りからの脱却
企業が高い利益を持続的に確保するためには、差別化が鍵となる。同業他社と同質の商品で競争しているかぎり、限りない価格競争に巻き込まれ、企業が確保することができる利益は非常に小さなものになってしまう。
もちろん、競争相手が倒れるまで徹底した価格競争を続け、最後は競争相手を駆逐してしまう。そして新規の業者が参入しようとしてもコストで競争できないような規模の経済を実現してしまう、という戦略がないわけではない。しかし現実には、新規参入や競合の参入を不可能にするほどの規模の経済性を実現できるような産業は非常に限られたものである。
少なくとも牛丼のようなケースでは新規参入は難しくないだろう。牛丼は、他の外食産業やコンビニなどとも競合している。徹底的に価格競争を勝ち抜き、競合他社を駆逐するという略奪的ダンピングという戦略は難しいだろう。
牛丼の価格競争もこうした観点から見る必要がある。牛丼の業界がいつまでも価格競争だけに甘んじていれば、結局は誰も勝者になれない同質競争が続くことになる。企業の経営の持続性を考えれば、そうした価格のみの競争から脱却することが鍵となる。もちろん、そのためのメニュー競争であり、店舗戦略であるだろう。
ただ、新しいメニューを次々に出していっても、それがヒットするとは限らない。
新しいメニューへの挑戦は必要であるが、牛丼の専門チェーン店であるからには、主力の牛丼での差別化をどう実現していくのかが大きな鍵ともなる。
競合他社との違いをどう打ち出すか
今回の吉野家の価格戦略は、差別化戦略という視点から見たら興味深い。業界の老舗であり、かつては牛丼で圧倒的な知名度を誇っていた同社が、競合他社との違いを出せるかどうかの真価が問われているのだ。
皮肉なことに、消費税の引き上げは、そうした差別化路線を後押しする絶好のタイミングとなった。すべての商品で消費税率の引き上げに価格でどのように対応するのか、ということが問われている。牛丼だけが特別ではない。消費者もそうした変化を認知している。消費者が評価する価値のある価格引き上げができるかどうか。そこに注目が集まる。
牛丼のような商品で差別化が可能かどうか。この基本的な問いに答えるためには、牛丼が普通の消費財ではなく、食品であるということに注目しなくてはならない。
人々が口にするものであるので、微妙な味の違い、あるいは味の違いに対する人々の思い込みが、他社の商品との差別化を実現する重要な武器となりうる。
参考になるケースとして、米国のザ コカ・コーラ カンパニーが製造販売する「コカ・コーラ」がある。コーラは他社の参入が簡単な分野だと思われる。実際、いろいろなコーラの参入があった。それでもコカ・コーラが世界的に圧倒的なシェアを維持しているのはなぜだろうか。低価格路線でないことは明らかだ。
それどころか、コカ・コーラ社はかなり高い利益率を確保しているはずだ。そこには人々の飲料の味についてのこだわりや思い込みということがある。それにマーケティング戦略が加わっている。
食品の味は微妙、ファン層の確立が重要
コカ・コーラが、かつて、味を変えたことがある。ビジネススクールなどでよく議論に使われる有名な事例だ。コカ・コーラ社は、味をよくすることで、もっと多くの顧客の心をつかむことを狙っていた。ところが、新しい味のコカ・コーラは、予想以上に顧客からは不評であったようだ。売り上げにも影響が出た。そこでコカ・コーラ社が打ち出したのは、元の味の商品を、「コカ・コーラ クラシック」として発売することだった。結果的には、このコカ・コーラ クラシックは以前よりもよく売れたという。
この辺りの詳しい事情を改めて調べたわけではない。昔なにかの資料で読んだ記憶でこの原稿を書いている。ただ、ありうる話だと思うし、重要な点を示唆していると思う。つまり、飲料や食品の味というのは、それほど微妙なものであり、ファン層を確立することが差別化のためにも非常に有効なものであるということだ。
もちろん味はかなり主観的なものなので、ブラインドで飲んだり食べたりして、どこまでその商品を言い当てることができるかどうかわからない。ビールのブラインドテイストをやって、銘柄を当てられる人は意外と少ないようだ。牛丼はビールとは同じではないが、特定のブランドに対する愛着が、味への思いと微妙に重なっているはずだ。
異なった価格設定に動いた牛丼業界。この先、どのような展開になるのか、興味深いものがある。
伊藤元重(いとう・もとしげ)
東京大学大学院経済学研究科教授
現在、「財務省の政策評価の在り方に関する懇談会」メンバー、財務省の「関税・外国為替等審議会」会長、公正取引委員会の「独占禁止懇話会」会長を務める。
著書に『入門経済学』(日本評論社)、『ゼミナール国際経済入門』『ビジネス・エコノミクス』(以上、日本経済新聞社)、『ゼミナール現代経済入門』(日本経済新聞出版社)など多数。近著に『流通大変動―現場から見えてくる日本経済』(NHK出版新書)がある。
[4月1日/nikkeiBPnet]
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